最高裁「差し戻し決定」への声明

最高裁「差し戻し決定」への袴田事件弁護団声明

最高裁判所第3小法廷は、令和2年12月22日、検察官の抗告を容れて袴田巌さんに対する再審開始決定を取り消した東京高裁(大島隆明裁判長、菊池則明、林欣寛裁判官)の判断を「著しく正義に反する」として取り消し、審理を東京高裁に差し戻す決定をした。

裁判官5名全員が、東京高裁の決定を違法として取り消すことで一致し、内3名は東京高裁へ審理を差し戻すべきだとし、内2名は直ちに再審開始をすべきだとした。裁判官の意見が割れた中での多数決による決定だった。

弁護団は、ここに、東京高裁の決定を取り消す判断をした最高裁、特に、再審開始の確定を強く求めて異例にも反対意見を述べた林景一、宇賀克也両裁判官に対して、深い感謝の気持ちと敬意を表明する。

林景一・宇賀克也両裁判官の意見は、公平かつ公正に証拠を評価した、正に人権の砦たる最高裁にふさわしいものであるだけでなく、国民の目線に立った優しく血の通った意見である。

これまで弁護団は、最高裁に対し、いたずらに時間を引き延ばすことなく、即座に再審開始の決定をするように求めてきた。 残念ながら、多数意見を説得し切れず、この願いは叶わなかったが、再審開始に向けた動きが強まったという意味では意義のある結果となった。

本件では、確定審の静岡地裁で主任裁判官であった熊本元裁判官が、本人が無罪心証を抱いていたのにもかかわらず、多数決で敗れたことを告白している。今回の最高裁決定でも多数決によって再審開始が確定するには至らなかったが、これまでに熊本元裁判官、開始決定を出した静岡地裁の裁判官、今回の決定の2名の最高裁裁判官という何名もの裁判官が袴田さんは犯人ではない可能性があると判断しているのである(多数意見の最高裁裁判官も確定判決に少なくとも疑問を抱いていると思われる)。「疑わしきは罰せず」という刑事司法の原点を持ち出すまでもなく、袴田さんの無実はゆるぎないものとなりつつある。

本件については、日本国のみならず、世界中が注目しており、袴田さんを死刑囚として連れ戻すことは、もはや不可能であることを、裁判所及び検察も肝に銘じるべきである。

弁護団は、袴田さんの無罪を勝ち取るため、また、支援者・国民の皆様や上記5名の裁判官の良心に基づく勇気ある決定に応えるためにも、近く始まる東京高裁の審理において、最高裁多数意見のDNA鑑定の評価についての誤りを正し、みそ漬け実験の新証拠としての価値を確信させるべく全力を尽くす所存である。

2020年(令和2年)12月25日
袴田事件弁護団団長 西嶋勝彦

日本弁護士連合会 会長声明

「袴田事件」最高裁差戻し決定を受け、一刻も早い再審無罪及びえん罪救済のための再審制度改革の実現を求める

最高裁判所第三小法廷は、本年12月22日付けで、袴田巖氏の第二次再審請求事件について、再審開始を認めた静岡地方裁判所決定(原々決定)を取り消し再審請求を棄却した東京高等裁判所決定(原決定)を取り消して、本件審理を東京高等裁判所に差し戻す決定をした。本決定により、原々決定の再審開始決定が維持され再審が開始される可能性が高まった。

本件は、1966年(昭和41年)6月30日未明、旧清水市(現静岡市清水区)の味噌製造会社専務宅で、一家4名が殺害された強盗殺人・放火事件の犯人とされ死刑判決を受けた元プロボクサーの袴田巖氏が無実であることを訴えて再審を求めている事件である。

第一次再審請求審(1981年~2008年)を経て、第二次再審請求審(2008年~)において、静岡地方裁判所は、2014年3月27日、新証拠である本田克也筑波大学教授によるDNA鑑定の信用性を認めた上で、5点の衣類が捜査機関によってねつ造された疑いのある証拠であることを認定して再審開始を認めると同時に袴田巖氏の即日釈放を命じた。ところが、検察官の即時抗告に対して、2018年6月11日、東京高等裁判所は再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却する決定(原決定)を下したことから弁護団は最高裁判所に特別抗告を申し立てた。

本決定は、本田鑑定人の姿勢や資質に対する原決定の不適切な説示を明確に否定したが、試料の変性、劣化などを理由に本田鑑定の信用性を否定する判断については結論において是認している。しかし、5点の衣類の色に関する味噌漬け実験報告書や専門家意見書の信用性を否定した原決定の判断について、その推論過程に疑問があることや専門的知見に基づかずに否定的評価したことについて審理不尽の違法があると判断し、全員一致で原決定を取り消した上で、多数意見は、さらにこの点についての審理を尽くさせるために、本件を原審である東京高等裁判所に差し戻す旨を決定した。本決定には、2名の裁判官の補足意見に加え原決定を取り消すにとどまらず原審に差戻しをすることなく更に進んで最高裁で自判し再審開始決定を確定させるべきとする2名の裁判官(林景一裁判官、宇賀克也裁判官)の反対意見が付されている点は注目に値する。

袴田巖氏は、現在、84歳と高齢であり、47年間の長期間の身体拘束を経て釈放され、現在、親族と共に穏やかな生活を送っているが、袴田巖氏の救済に一日の猶予も許されない。

当連合会は、差戻し審においては、本決定の反対意見の趣旨も踏まえ、早急に審理を行い、一日も早い再審開始、そして袴田巖氏に対する無罪判決が下されるよう強く求める。

また、当連合会は、袴田巖氏が無罪となるための支援を続けるとともに、再審における証拠開示の制度化や、再審開始決定に対する検察官の不服申し立て禁止をはじめとする再審法改正など、えん罪を救済するための制度改革の実現を目指して全力を尽くす決意である。

2020年(令和2年)12月24日
日本弁護士連合会 会長:荒 中