差戻し審に向けて、袴田事件弁護団インタビュー 国民救援会の救援新聞に連載記事
昨年12月、最高裁で袴田巖さんの再審請求を認めなかった東京高裁決定を取り消す決定が出されました。決定について、弁護団長に話を伺いました。
弁護団長 西嶋勝彦さん
昨年12月、最高裁で袴田巖さんの再審請求を認めなかった東京高裁決定を取り消す決定が出されました。決定について、弁護団長に話を伺いました。
―今回の最高裁の決定のポイントは。
西嶋 最高裁第3小法廷の判断は、東京高裁に差し戻しせよという多数意見が3人、一方再審開始すべきだという少数意見の裁判官が2人いました。わずか1票の差で、差し戻しです。こういう割れ方をしたのは異例です。
決定の中身を読んでも、少数意見の2人(林景一裁判官と宇賀克也裁判官)の意見はなかなか合理的で、納得できますよ。しかも特徴的なのは、2人とも裁判官出身ではなく、外交官と研究者なんです。職業裁判官出身の人は多数意見で差し戻せと言っているけれど、2人の少数意見はここで再審開始を確定すべきとしました。内容的にも、静岡地裁の再審開始決定が合理的だと言っています。これは誰が見ても非常に説得的です。
最高裁決定は本田克也教授がおこなったDNA型鑑定について、「新証拠にあたらない」としました。しかし、本田鑑定が正しいんだということをさらに補強していく必要があるだろうと思います。
―犯行着衣とされた5点の衣類のみそ漬け実験について、弁護団が出した専門家意見書の信用性を否定した高裁の判断について、審理不尽と判断し、差し戻ししました。
西嶋 みそ漬け実験というのは非常に比重が高いことになってきました。これについて早速今からわれわれも、多数意見や補足意見が言う「審理不尽」の内容を覆す実験に取りかかる必要があるだろうと思います。今からでも差し戻し審の審理の開始を待つまでもなく、弁護団としても再度、厳重な実験条件のもとで、メイラード反応に関する意見書を書いてくれた先生と協力しながらスタートした方がいいんじゃないかと思います。
弁護団と支援者がやった、いわば素人が始めたみそ漬け実験がこれだけ新証拠としての価値があったというのは画期的だと思うんです。
袴田ひで子さんや巖さんは高齢です。だから、(衣類がみそに漬かっていたとされる)1年2カ月を待つまでもなく、数カ月で結論が出るような形で決定を出させたいと思っています。
ただ、差し戻しを受ける東京高裁は必ずしも最高裁が問題にしたみそ漬け実験だけに拘束されるわけではないだろうから、ほかの審理もしかねません。破棄判断の拘束力という理論的問題もあって、特に検察官の方でいろいろな主張・立証をしてきた場合に、それをどう打ち切って審理の枠を広げさせないで、差し戻し審を早期に切り上げるかということは必要だけれども、あまり早期、早期ということで、結論を急ぐことは良くないと考えています。新旧証拠の総合評価で新証拠の明白性が決まるわけだから、確定有罪判決の証拠がいかに脆弱なものであるかということをこれでもか、これでもかという具合にきちんと、主張していかなきゃいかんだろうと思います。
だから、みそ漬け実験だけに焦点を縛られるというか、焦点が向いて、それだけにどっとつかっちゃうと、ちょっとまずいんじゃないか。あらゆる論点についていかにインチキな証拠で巖さんが死刑判決を受けたのかということを手厚く主張立証していかないといかんだろうと思います。
2裁判官の意見
―最高裁の2人の裁判官が再審開始すべきとの意見を出しました。
西嶋 2人の裁判官は、みそ漬け実験についてはもちろん、DNA鑑定についてもそれなりの証拠価値を認めています。常識的な判断だと思います。
それに対して、本田鑑定の価値を否定している多数意見は、対象物が古くて劣化しているとか、常温で保管しているとか、関係者が触ったりしているとかいろいろ言っているけど、証拠物は発見されてすぐに検察官が証拠調べ請求し裁判所が採用して押収しているんです。劣化の原因は裁判所の保管中に生じたのです。その不利益を再審請求人の袴田さんに転嫁するのはけしからんことです。「疑わしきは被告人の利益に」の刑事裁判の鉄則にも反します。それから、実験の方法等についていろいろ言っていますが、誤解に基づくところがかなりあります。
―今後高裁では本田鑑定についてもきちっと主張されるということですか。
西嶋 そうです。新しい第三者によるDNA鑑定を求めるというのは時間の浪費だし、本田鑑定が正しいということを補強していく方が早道だし、それが正道です。資料が劣化していても、DNAは検出しているわけだから、本田鑑定のどこに多数意見が言うような弱点があるかどうかももう一度検討し直して、補強していくということです。
高裁決定の問題
―最高裁は再審を取り消した東京高裁決定を破棄しました。
西嶋 いかに東京高裁の決定が非常識だったかということです。証人尋問など、こちらが求めていることはやらないで、全然違う方法でやりました。裁判所が命じた嘱託事項を無視した検察官推薦の鑑定人の鑑定内容を取り上げる一方、弁護人の再現実験を退けるなど審理のあり方から言っておかしい。
高裁で取り調べ時の録音テープが出てきて、初めて違法な取り調べの実態がわかりました。警察は、散々拷問的な取り調べをしておきながら、公判ではうそばかりついていた実態が、二審になって初めて取り調べの録音テープが開示されて明らかになった。だから、弁護団は、捜査の違法を再審事由に加えたのです。それについて高裁は何と言ったか。二審の段階で加えるのはけしからん。そういう審理経過を無視した決定でもあったわけです。
―破棄された高裁決定には、本田教授の人格非難のようなことも。
西嶋 本田鑑定を排斥する理由の補強にしたんでしょうね。正面からの批判だけでは弱いから。本田さんは裁判所に言われるままに資料を提出しているにもかかわらず、していないとうそまでついているのです。
この事件は、がらくた証拠だけで検察が公判に突き進み、このままでは無罪判決が出かねないというところに検察は追い込まれた。最後の手段として5点の衣類が出てきた。あれがなければ、無罪でした。ほかにはまともな証拠がないのですから。誰が見ても事件の構造は明らかです。高裁決定の最大の弱点は、警察がそこ(証拠の捏造(ねつぞう))までするかという考えに陥っていることです。信じがたい、警察権力がそこまでしないだろうというわけです。開始決定すべしとする少数意見は、この点につき「誰がなぜそのような隠匿(いんとく)、工作をしたのかが究明されない以上」と捏造を示唆しています。
短期決戦で
―高裁の勝利へ支援団体への要望があれば。
西嶋 2人の裁判官の反対意見の重みを大いに宣伝する必要があると思います。反対意見がまともなんだということ、そして、3人の多数意見というのは曖昧で、ないものねだりの意見であり、審理を長引かせるだけだということを広げる必要があると思います。2人の少数意見の線で審理を進めろということを声を大にして言うべきです。しかも袴田さん姉弟が高齢だということをあわせて。開始決定からもう6年。これからあと何年裁判に付き合わせるつもりなのかと。
それと、高裁での審理は短期決戦でしたいけれども、検事がいろんな画策をしてくる可能性があります。検察は、みそ漬け実験を始めているかもしれない。都合のいいようにね。それから、メイラード反応に関していろんな人の意見を集めて、科学論争に持ち込み、何が何だか分からないようにする可能性がある。
それと、証拠開示を最後まで主張したいと思う。まだいろんなものが隠されている。これまで証拠開示を求めてきたが、まだ不十分だから。初期捜査の段階でいろいろ集めた証拠で、まだ隠されている資料がたくさんあるはずです。袴田さん犯人説には障害になる証拠群です。
それから、もし東京高裁が最高裁の意向に従って差し戻しを受けて、再審開始決定を出すと、検事がまた特別抗告をする可能性がある。これをいかにさせないかという大きな運動をつくっていかないといけない。
今はひで子さんが請求人になっているけれど、ひで子さんに何かあったら裁判は終わっちゃうんですよ。時間がないのです。