第2回三者協議で新たな意見書と『味噌漬け実験報告書その1』を提出

東京高裁提出の弁護団意見書

令和3年(く)第14号

 

意見書

「味噌漬け血液 色変化実験報告 その1」について

 

2021年(令和3年)6月18日

 

東京高等裁判所第2刑事部 御中

 

主任弁護人 西嶋勝彦

 

 

1 最高裁の差し戻し決定の目的は,5点の衣類がみそタンクに入れられた時期が事件発生直後(昭和41年7月20日以前)であるか,発見直前(昭和42年8月31日の発見された日ないしその数日前頃)であるかを確認することにある。事件発生直後であれば5点の衣類が犯行着衣である可能性が高いが,発見直前であれば袴田氏が入れることは不可能であり,ねつ造証拠である可能性が高いからである。

そこで差し戻し決定は,みそ漬けされた血液の色に着目し,上記目的のため,当審において「色調の変化に影響を及ぼす要因についての専門的知見等を調査など」することを求めた。

2 差し戻し決定を受けて,現在,弁護人も専門的知見等の調査をすすめているが,並行して血液を付着させた布地のみそ漬け実験を実施した。条件をいろいろ変化させても,いずれも短期間で血液の赤みが消失するのであれば,赤みが残っていた5点の衣類の血液が,みそ漬けになって短期間のものであることがより明らかになると考えられるからである。

その1回目が「味噌漬け血液 色変化実験報告 その1」(以下,単に「報告書 その1」という。)記載の実験(以下「本実験」という。)である。

3 本実験では,以下のような条件の違いにより血液の色変化の程度や速度がどのように違ってくるのかを確認する目的で実施された。これについては,「報告書 その1」の「1.実験の目的」(1頁)に記載されている。

(1)白味噌(醸造期間が短い味噌)と赤味噌(醸造期間が長い味噌)との違いがあるのかどうか。

(2)味噌に漬けていた時間により,布片に付着した血液の色変化がどのように進行していくのか。

(3)血液を付着した後味噌漬けにするまでの時間,つまり血液を付着させ,長時間(実験では最大12時間まで)自然に乾燥させた場合と,血液付着直後など,条件が異なる場合の変化があるのかどうか。

(4)血液に代えて赤いインキを使うとどのような色変化を起こすのか。

という4点である。

4 本実験の結果は,「報告書 その1」の「2.結論」(2頁)に記載されている。すなわち,

(1)赤味噌に漬けた場合,血液付着後の静置時間が変化しても4時間程度で血液の赤みはなくなり黒くなる。

(2)白味噌に漬けた場合,赤味噌より時間を要するものの,4週間(2月6日から3月6日まで)で血液の赤みが完全になくなり黒くなる。ただし,4週間経過しても布地の色変化はわずかである。

(3)血液付着後の静置時間を変えても,味噌に漬けて時間が経過すると血液は赤みが消えて黒くなる。その場合,赤味噌のほうがより短時間で黒くなる。

(4)血液に代えて付着させた赤色のインキは味噌のたまりに漬けても色の変化は起きなかった。

ことが明らかになったものである。

5 本実験の手順と経過は「報告書 その1」の3頁以降に記載されている。

本実験は,場所は浜松市内で,方法は,綿のさらし布に血液を付着させ,容器に入れた添加物を加えていない白みそと赤みその中に漬け込む方法で行われた。

本実験の期間は,2021年2月6日,7日であったが,一部については,4週間後の同年3月6日までさらにみそ漬けを継続して,同日,血液の色について観察,写真撮影を実施したものもある。

6 1号タンクの色との比較

⑴ 差し戻し決定では,みそ漬け実験報告書で使用されたみそについて,「原決定が認定した1号タンクのみその色より相当濃いことは明らかであり,その色からうかがわれるみその醸造の進行の程度にも差があったと考えられる」(決定書6頁)とされ,中西実験でも「醸造されたみその色が1号タンクのみその色よりも濃いことがうかがわれ(る)」(同)とされている。

⑵ しかしながら,「1号タンクのみそ」とは,本来,1号タンクにおいて醸造が終わり出荷するときのみそを意味しているはずである。しかし,昭和41年7月4日の1号タンクには,返品みそが入れられていたことが明らかになっている(昭和42年9月10日付岩田竹治作成の報告書)。そして,返品みそは,出荷時のみそよりも濃色だったのである。

⑶ 即時抗告審において検察官から提出された平成26年8月28日付の検面調書によれば、「こがね味噌の赤味噌の造り方で、伊豆みそのような濃い赤みを出すためには、おそらく2~3年は寝かす必要があったと思います。しかし、そんなに時間をかけて味噌を造ってはいては、生産効率が悪く、利益が上がりませんので、こがね味噌では、1年くらい寝かせて、ある程度味噌の熟成が進んだ時点で、タンクから取り出し、味噌を漉す工程で返品味噌の濃い味噌とブレンドすることで、ある程度の赤みを付け、それを『赤味噌』として出荷していました。」(同5頁)とされている。

つまり,返品みそは,熟成したみそをいったん出荷した後,さらに一定期間経過したものであるから,さらに発酵が進行し,出荷時の色よりも濃色になっていたということである。

⑷ そうすると,5点の衣類が事件直後に1号タンクに入れられたとすれば,1号タンクで製造されたみそよりも色の濃い返品みその中に隠されていたことになる。したがって,仮に,中西実験を含むみそ漬け実験で使用されたみそが,1号タンクのみそよりも薄かったとしても,ここで濃淡を論じる意味はないことになる。

7 また上記の1号タンクのみそよりも薄いことを裏付ける資料は,事件当時の従業員らの記憶だけであったが,40年も前のみその色の記憶をもとに,みその色が濃いか薄いかを論じた供述は,正確であるとは言えまい。

ただし,少なくとも本実験で使用した白みそは,中西実験で使用されたみそよりもはるかに薄い色であることは明らかである。にもかかわらず,本実験の結果,白みそに漬けた場合であっても,4週間も経過すれば血液の赤みが消えてほぼ黒色化することが明らかになったのである。

また,みそ漬けの時間が長くなればなるほど付着血液の色は濃くなることは,みそ漬け実験報告書や中西実験,さらに本実験の結果から疑問の余地がないから,1年2か月も経過すれば,さらに黒色化が進んだはずである。

8 また,本実験によって,血液付着直後のものの方がみそ漬けにした場合赤みが長く残りやすいことが明らかになった。しかしながら,本実験により,その場合でも4週間も経過すれば,赤みそであっても白みそであっても赤みが消え,黒色化することが確認されたのである。

したがって,血液付着直後にみそ漬けにされたものであったとしても,1年2か月も経過していれば,赤みが残ることは考えられないというべきである。

9 なお,赤インクを付着させたものをみその侵出液(たまり)につけた場合,インクの赤色が変化しないことからすると,血液がみそ漬けにされることで赤みが消えていき,黒色化していくのはみその色が血液に重なったからではなく,血液とみその成分が化学反応を起こしたものであることを推測させる。

10 以上のとおり,血液のみそ漬けによる色調の変化について,本実験によって,みその色が薄くても,また血液付着直後のものがみそ漬けにされたものであっても,1年2か月間もみそ漬けになっていたとすれば,赤みが消え黒色化することがいっそう明らかになったというべきである。

 

味噌漬け実験報告書その1

210609 味噌漬け血液色変化実験報告 そのⅠ HP掲載用