4.偽造(装)された物証|くり小刀は凶器だったのか
かつては「自白は証拠の女王」とされ、自白さえあれば有罪にできました。日本国憲法第38条に規定されていますが、被告人の供述調書(自白)だけでは有罪とすることはできません。客観的な証拠(物証や目撃証言)が必要です。検察官が証拠として提出した主要な物証について検討します。
くり小刀は木製品の細かい造作をする際に使用される工作用のナイフです。小学校の工作などで使う小刀を一回りか二回り大きくしたものを想像してみてください。工作用でつばはなく柄に刃体が差し込んであるだけです。
この事件では、袴田さんが単独で刃渡り約13cmのくり小刀1本だけで被害者4人に大小あわせて40箇所以上もの傷を負わせて殺害したことにされたのです。また、到底くり小刀ではできないと思われる肋骨の切断・貫通など、「ものすごい力が必要な傷」(横山鑑定)が多数あるのです。
2001年(平成13年)の年末、東京都世田谷区で一家4人殺しという事件が発生しました。夫婦と子ども2人が殺害されるという残酷な事件です。マスコミ報道によると、4人の体には合計30箇所以上の傷があり,文化包丁は約3分の1が無残な形に曲がり,柳刃包丁は三つに折れていたといいます。この事件からは4人の人間が刺し殺されたら凶器に重大な跡を残すということがわかります。
一方、袴田事件ではどうでしょうか。凶器とされたくり小刀は先端部分がわずかに欠けているだけで、曲がることもなく、刃こぼれもほとんどせず、ほぼ原形をとどめて発見されたのです。
被害者二女の傷ですが、左肋骨を切離して肺を貫通。心臓の左心室を貫通した傷は、胸椎(胸の部分に位置する背骨)左側に達しています。この傷について、刃体部分長さ約13cmのくり小刀ではできないということが、二女と似た年齢・体型の女性のCT画像を使って証明されています。二女の体形に近い4名の平均値は、胸囲87.4cm、外側(胸側)から胸椎左側までの距離は16.5cmであることが明らかになりました。また、傷を受ける際の体の凹みを考慮しても、胸椎左側までの距離は平均14.7cm、刃体部の長さ約13cmしかないくり小刀では二女の傷が決してできないことが裏付けられました。
さらに、二女の胸の傷口の大きさから見ると、くり小刀では刃体の幅が広すぎることも明らかになりました。二女の胸の傷口の幅は1.38cmと推定されています。しかも、胸椎まで達する傷を負わすとなると、くり小刀を刃体の根元部分まで二女の体を相当凹むほど強く押し、突き刺さなければなりません。
しかし,くり小刀刃体の根元幅は2.7cmもあり、傷口の幅よりもはるかに広いのです。二女の傷に見合う凶器は、刃体の幅が1.38cm以下の細長いものであることが容易に想像できるのです。このように、二女の傷についてだけでも、くり小刀を凶器とするには多くの無理があるのです。
袴田さんの支援者たちは、人間の条件にもっとも近いとされる豚(と畜後)を使い、凶器と認定されたくり小刀と同種のくり小刀を用いて刺してみる実験を行いました。
前にも述べたとおり、被害者には肋骨の切断・貫通など「ものすごい力が必要な傷」が多数あるのです。そこで実際に、豚の胸部をくり小刀で刺してみましたが、頑強な大人の力でも肋骨の切断や貫通は不可能でした。そして無理矢理叩きこんでいるうちに、繊細な刃先はいとも簡単に折れてしまいました。
要するに、くり小刀では致命的な傷を負わすことは”絶対に”不可能なのです。弁護団は,この実験ビデオ映像を,再審開始の重要な証拠として提出しています。以上のように,犯行に使われた凶器が,くり小刀より細くて刃渡りの長いもの,くり小刀より丈夫な造りのもの,留め釘で刃体を柄に留めたものであったことは明らかなのです。