1年2ヶ月味噌漬け実験報告書

2009年9月19日
袴田巖さんを救援する清水・静岡市民の会:山崎俊樹
袴田事件弁護団:弁護士/小川秀世

1.実験の目的
1967(昭和42)年8月31日、こがね味噌工場1号タンクから発見された5点の衣類は、「本件の直後にタンクに入れられた蓋然性は大き(い)」(控訴審判決21丁表)とされている。事件が発生した1966(昭和41)年6月30日当時、1号タンクには、その前年から醸造していた赤味噌が相当程度残存しており、袴田さんが、その味噌の中に5点の衣類を隠したというのである。
そこで、麻袋に入れられた衣類とそれに付着した血液が、赤味噌の中で1年2ヶ月を経ると、それらの色がどのように変化するのかを検証し、証拠の5点の衣類との異同を確認するため、本実験を行ったものである。

2.実験日時及び場所
●血液採取及びステテコ・半袖シャツへの血液の付着
2008(平成20)年6月30日、午後0時10分から1時10分まで
●味噌漬け衣類実験開始
2008(平成20)年6月30日、午後6時から8時まで
於:静岡市清水区宮代町5番75号「辻生涯学習交流館」第一会議室
●味噌漬け衣類実験終了
2009(平成21)年8月31日、午後2時から3時30分まで
於:静岡市清水区宮代町5番75号「辻生涯学習交流館」第三会議室

3.使用したもの
(ア)衣類
青色ブリーフ(綿100%、パイル地)3枚と白半袖シャツ(綿100%メリヤス地)及び白ステテコ(綿100%さらし地)は、新品をそれぞれ2着ずつ購入し、洗濯し自然乾燥させることを5回繰り返した。
ネズミ色スポーツシャツ(綿65%、ポリエステル35%)及び鉄紺色ズボン(ウール100%)は新品をそれぞれ2着ずつ購入し、2回水洗い後自然乾燥させた。
(イ)ハンカチ
緑色のパイル地(綿100%)3枚を購入し、洗濯し自然乾燥させることを5回繰り返した。
このタオルは、緑色パイル地ブリーフが入手できず、実験では青色パイル地ブリーフを使用せざるを得なかったため、味噌漬けによる色変化の対比のため、使用した。
(ウ)麻袋
麻袋は、使用回数は不明であるが、何回か使用を繰り返されたものを2枚使用した(赤七代替品と呼ばれるもので、用途は米、大豆など穀物を入れるもの)。
(エ)味噌
醸造開始からほぼ1年を経過した、いわゆる赤味噌(一般に赤味噌は、1年以上熟成させたものとされている:添付したフリー百科事典「ウィキペディア」の「味噌」の項参照)と呼ばれている酵母が生きており発酵が進む味噌(清水区・池谷味噌店製)60kgを使用した。
(オ)容器、重石
市販のプラスチック製の容器(コンテナと呼ばれている)と容器のサイズに切った木製の落とし蓋、市販の重石9kg4個
(カ)対照写真
1967(昭和42)年9月20日付佐藤秀一作成の鑑定書(17分冊2348丁以下)添付の白半袖シャツ及びステテコのカラー写真を複写したもの(A3サイズ)を用意した。
(キ)色見本
写真撮影の際、写真の色比較用コダック社製色見本QPcard201を使用した。
(ク)その他
ブルーシート
類、バケツ類、新聞紙、雑巾、ポリ手袋。

4.実験実施者
袴田巖さんを救援する清水・静岡市民の会
袴田事件弁護団
なお、実験経過は、デジタルカメラ、ビデオカメラによって記録した。

5.実験の経過
(1)血液の付着
2008(平成20)年6月30日、正午過ぎ、静岡市内H医院において実験協力者2名からそれぞれ血液30㏄を採血し、直ちにステテコ2枚、白半袖メリヤスシャツ2枚に適宜付着させ、午後1時過ぎ付着終了。その後、午後6時すぎから行う味噌漬け開始まで約5時間放置し自然乾燥させた。

味噌漬け実験報告書写真
衣類にはそれぞれ、「A-1」「A-2」とフェルトペンにて記した。
「A-1」の方は全く手を付けないで1年2ヶ月後に取り出すもの。「A-2」の方は、時々味噌から取り出して経過を観察するものである。
人血がステテコに付着した後の色の変化は、付着後二つ折りに畳んだ状態で空気中に放置し、自然乾燥5時間程度ではほとんど変化がなかった。

味噌漬け実験報告書写真
左は採血直後(6月30日午後0時30分)、右は6月30日午後6時10分。
採血直後に畳んだため、血液を付着させなかった部分にも多少移っている。そのため血液の濃淡のむらが出ている

(2)味噌への漬け込み
2008(平成20)年6月30日、午後7時から、清水区の辻生涯学習交流館において、昼間に血液を付着させた衣類を含む衣類の味噌漬けを行った。
①市販の赤味噌60kgを用意し「A-1」と「A-2」に使用するため2等分した。
味噌漬け実験報告書写真なお、味噌の一部約500gを別容器に移し、発酵を進ませないように冷凍保存した。

②緑色ブリーフを入手できなかったため、味噌による緑色ブリーフの色変化を見るため、ブリーフと同生地パイル地の緑色ハンカチを青色ブリーフと同時に漬け込むこととした。
味噌漬け実験報告書写真
・青色ブリーフ(左)(綿100%、パイル地)
・緑色のタオル生地ハンカチ(綿100%、パイル地)

③味噌漬け前の5点の衣類及び色変化対照用緑色ハンカチ、味噌、麻袋。
味噌漬け実験報告書写真左写真が「A-1」、右写真が「A-2」

④「A-1」を麻袋に入れて、味噌に漬け込む
味噌漬け実験報告書写真まず、容器に味噌約10kgを入れ、平らにならす。
味噌漬け実験報告書写真半袖シャツ、ステテコなど5点の衣類と緑色ハンカチを麻袋に入れる。
味噌漬け実験報告書写真写真左は、青色ブリーフと緑色ハンカチ。写真右は、麻袋に入れた状態。

味噌漬け実験報告書写真衣類を入れた麻袋を折りたたみ味噌に漬ける。
味噌漬け実験報告書写真
落としぶたをして終了。


「A-2」も同様の方法によって味噌に漬けた。
味噌漬け実験報告書写真以上を終了し、「A-1」は、1年2ヶ月間常温で手を触れることなく保管することとした。
「A-2」は、時々味噌から取り出し、味噌漬けの経過を観察することとした。

6.経過観察
(1)一ヶ月後の「A-2」の状態
2008(平成20)年7月31日、午後2時から、静岡県弁護士会館で開かれた弁護団会議の席上、「A-2」の五点の衣類を取り出し、味噌漬け状態を確認した。
ネズミ色スポーツシャツは味噌の液が染みておらず乾いた状態であったが麻袋及び他の4点は味噌の液が染みており、特に半袖シャツとステテコはしっかり赤味噌色に染まっており血液付着部分は黒褐色を示していた。
味噌漬け実験報告書写真下方は対照写真(昭和42年9月20日付、佐藤秀一鑑定書添付写真)

味噌漬け実験報告書写真長袖スポーツシャツはほとんど乾いているが、ズボンは味噌の醗酵に伴って発生した味噌浸出液(いわゆる“たまり”)に染まっている。

味噌漬け実験報告書写真
ステテコは味噌と同色に染まり、血液は黒褐色になり、対照写真のような赤みは感じられない。


味噌漬け実験報告書写真
下方は対照写真(昭和42年9月20日付佐藤秀一鑑定書添付写真)

味噌漬け実験報告書写真半袖シャツも味噌と同色になり、血液は黒褐色になっている。

味噌漬け実験報告書写真色の対比用に入れた緑色ハンカチは緑色と判別できる。
また青色ブリーフも色の判別が出来る。

味噌漬け実験報告書写真左は、緑色ハンカチ、右は青色ブリーフ。明らかにそれぞれ色が判別できる。

(2)三ヶ月後の「A-2」の状態
味噌漬け実験報告書写真2008(平成20)年9月30日、午後2時から、静岡県弁護士会館で開かれた弁護団会議の席上、「A-2」の五点の衣類を取り出し、衣類の状態を確認した。


味噌漬け実験報告書写真麻袋と味噌の状態
半袖シャツとステテコ。色の変化は味噌の色とほぼ同色である。

味噌漬け実験報告書写真半袖シャツとステテコを個別に撮影したもの。白かった部分は前ページの味噌の色とほぼ同色である。血液の色は黒褐色で、一ヶ月後の色と同じである。

味噌漬け実験報告書写真三ヶ月後でも、長袖スポーツシャツは味噌に漬かっていない部分がある。ハンカチ、ブリーフも元の緑色、青色が識別出来る。

味噌漬け実験報告書写真ズボンには完全に味噌浸出液が染みこんでいる。


味噌漬け実験報告書写真ステテコと半袖シャツを対照写真(昭和42年9月20日付佐藤秀一鑑定書添付写真)と比較しているところ。

実験開始一ヶ月後でも三ヶ月後でも、白い衣類は味噌の色とほぼ同じ色になっているが、青や、緑は元の色が残っている。灰色のスポーツシャツは濡れて色が濃くなり、鉄紺色ズボンは色の変化がない。ただし裏返すとポケット部の白色は味噌の色とほぼ同じである。

(3)八ヶ月後の「A-2」の状態
2009(平成21)年3月3日、午後2時から、静岡県弁護士会館で開かれた弁護団会議の席上、「A-2」の五点の衣類を取り出し、衣類の状態を確認した。

味噌漬け実験報告書写真味噌は発酵が進み、衣類は味噌と同色になっている。

味噌漬け実験報告書写真スポーツシャツの襟の一部のみ味噌がしみていないが、ズボンもスポーツシャツも同色になっている。

味噌漬け実験報告書写真ステテコも半袖シャツも味噌と同色である。

味噌漬け実験報告書写真
青色ブリーフと色の対比用に入れた緑色ハンカチは元の色がはっきりしない。

7.味噌からの取り出し
2009(平成21)年8月31日、午後2時から、清水区辻生涯学習交流館において、上記味噌漬け衣類の取り出しを行った。この取り出しはマスコミ関係者にも公開した。
①「A-1」は、全く手を付けることなく1年2ヶ月を経過している。「A-2」は、上記5の通り、時々衣類を味噌から取り出し、状態や経過を観察していた。
「A-1」の容器を開くのは今回が最初である。

味噌漬け実験報告書写真青色ブリーフと緑色ハンカチは、色変化の対照用に昨年の漬け込みに使用した物を保管していた。

味噌漬け実験報告書写真重石を2個乗せていた(写真左)。重石をはずし、落とし蓋の状態(写真右)。

②「A-1」の1年2ヶ月後の状態。
味噌漬け実験報告書写真パックに入っている味噌は実験で使用した物と同じだが、昨年の漬け込み時に一部を発酵が進まないように冷凍保存していた味噌である。
常温で1年2ヶ月を経過すると味噌の発酵が進み色が濃くなっていることが分かる。

③味噌を取り出していく。
味噌漬け実験報告書写真麻袋が見えているが、ほぼ味噌と同色になっている。容器手前は漬け込んだ麻袋と同じ麻袋

④衣類の状態。
実験で取り出した衣類と比較するための対照写真は、昭和42年9月1日付の鑑定嘱託に基づき、静岡県警察本部の鑑定監である佐藤秀一が実施した鑑定書(同年9月20日付・確定記録の第17分冊2348丁以下)に添付された写真である。
味噌漬け実験報告書写真

味噌漬け実験報告書写真対照写真と比較する
なお、個々の実験写真の色具合などは添付写真を参照のこと。

8.結論
今回の実験の結果、明らかになったことは次のとおりである。
(1)赤味噌は、1年2ヶ月間経過したことで発酵が進み、濃い茶色となっており、衣類にはその味噌浸出液が完全に浸透したため、味噌の色とほぼ同色に、むらなく染まっている。ただし、薄い色の衣類ブリーフ、ステテコ、半袖シャツは、その生地の織り方・編み方によって、色の濃さが若干異なる。その違いは生地によって吸水性が異なるためと考えられ、パイル織りのブリーフ、ハンカチがもっとも濃い色になり、青色ブリーフも緑色ハンカチも、味噌漬け前の色がわからなくなっている。
これに対して、発見された5点の衣類は、今回の実験結果に比して、味噌色が全体に薄く、緑色ブリーフは、もとの緑色が確認できる状態であった。

(2)今回の実験では、1年2ヶ月間経過したことで、血液付着部分は赤味が消えてしまい、味噌色よりもさらに暗色の黒褐色なっただけであって、血液であることはわからない。また、血液付着部分は、味噌漬け前には濃淡のむらがあったが、それがむらなく一様に黒褐色になった。
これに対して、発見された5点の衣類では、血液付着部分は、赤味が残って赤褐色であったとされており、写真からも明らかに濃淡のむらがあることがわかる。
以下、本実験の結果写真と対照写真を並べて示す。なお、これらの写真はその質感を損なわないように、写真のみを別に添付する
また、対照写真は、1967(昭和42)年9月1日付の鑑定嘱託に基づき、静岡県警察本部の鑑定監である佐藤秀一が実施した鑑定書(同年9月20日付・確定記録の第17分冊2348以下)に添付された写真を複写したものである。

味噌漬け実験報告書写真ステテコ/左側が本実験の写真、右側が県警鑑定書添付写真

味噌漬け実験報告書写真血液付着部分は黒褐色で、血液の濃淡のムラは識別できない。

味噌漬け実験報告書写真半袖シャツ/左側が本実験の写真、右側が県警鑑定書添付写真

味噌漬け実験報告書写真半袖シャツの血液付着部分も黒褐色で血液の濃淡は識別できない。

味噌漬け実験報告書写真緑色ブリーフ/左側が本実験の写真、右側が県警鑑定書添付写真

味噌漬け実験報告書写真長袖スポーツシャツ/左側が本実験の写真、右側が県警鑑定書添付写真

味噌漬け実験報告書写真ズボン/左側が本実験の写真、右側が県警鑑定書添付写真

9.参考実験
すでに新証拠として提出済みの2008(平成20)年4月14日付「味噌漬け実験報告書」にもあるように、袴田巖さんを救援する清水・静岡市民の会では本実験に先立ち、2007(平成19)年10月6日に、白ステテコに人血を付着させ、麻袋に入れた状態にして、醸造後約1年を経た赤味噌に漬け込み、約7か月を経過したものでも、今回の実験同様、白色の衣類はほとんど味噌の色と同色になり、付着人血の色も黒褐色になっている。

味噌漬け実験報告書写真

以上

【添付資料】一般的な赤味噌について
フリー百科事典「ウィキペディア」の「味噌」の項