6.偽造(装)された物証|有罪判決の決め手、犯行時の着衣はねつ造だった
裁判の全経過を見ると、有罪の決め手となったのが、犯行時の着衣です。物証としては、犯行時の着衣とされている5点の衣類しか、袴田さんと犯行を結びつけるものはないのです。第一審が開始された当初は、パジャマを着て犯行に及んだとされていました。新聞に「血染めのシャツ」と報道され、また、起訴状で検察が主張する第一の証拠でした。ところが、「血染め」のはずだったのですが、実際には目を皿のようにして見るとようやく茶色のシミらしきものがあるだけ。しかも鑑定の結果,このシミは血痕ではなく、犯行時の返り血として認定できるような代物ではなかったのです。
これでは、到底有罪にできないと焦ったのでしょう。裁判が始まってから一年二か月も経過してから、「みそ工場の従業員が発見した」として五点の衣類が公判廷に登場しました。
五点の衣類とは、鉄柑色ズボン、鼠色スポーツシャツ、白色半袖シャツ、白色ステテコ、緑色ブリーフです。穴があいていたり、損傷もありました。
1968年の第一審判決では、付着していた血液の型が袴田さんの血液型(B型)と一致していること、「ズボンの端布が袴田さんの生家から発見された」ことなどを理由に、静岡地裁は袴田さんを有罪としたのです。
この五点の衣類ですが、2014年、静岡地裁の村山裁判長は再審決定の中で、ねつ造の蓋然性が高いと一刀両断。
「1号タンク内に隠しても、その後発見されてしまう危険性も考えてしかるべきであり、より有効な証拠隠滅、又は秘匿方法を考えそうなものである。例えば、放火に際して(確定判決によれば、放火の際はパジャマに着替えていた。)、放火に用いたのと同じ油類を掛けて5点の衣類すべてを焼き尽くす方が後の心配が無いといえ、一般に、可燃物であれば、燃やしてしまうことが最も有効な証拠隠滅と考えられていることからも、そのような行動をとる方が自然である。」
五点の衣類が捜査当局によるねつ造であったことが、その後の弁護団の調査や実験によって明らかになってきます。主要なものを挙げます。
1)まずは、衣類のみそ漬け実験です。一年以上みそタンクの中にあったにしては、五点の衣類の色合いが薄すぎるのです。その程度の色に染まるのは、みそとたまり醤油に漬ければわずか20分で出来上がること、一年以上漬けるとずっと濃い色にそまりました。付着していた血液の色もまだ赤いまま、一年たつと黒々とした色に変化したのです。
2)鉄柑色のズボンを実際に袴田さんが穿いてみる装着実験が三回も法廷で行われました。いずれの時も、サイズが小さすぎて穿けません。ズボンの裏地に記された「B」という文字をBold(太い)サイズと解釈して、当時は穿けたと判定されたのです。ところが、後に「B」はズボンのメーカーが便宜上付した色の記号であったことが明らかにされました。実際には、Y体4号のサイズで袴田さんには小さすぎたのです。検察官は,色の記号であることを示す証拠を隠し,裁判所を欺いたのでした。
3)付着していた血液のつき方が返り血を浴びた痕跡にしては矛盾だらけ。ズボンの下にはいていたはずのステテコの方が,ズボンの裏生地よりも血が広範囲に,かつ鮮明についています。また、衣類についている血液のほとんどはA型、特に下衣であるズボンとステテコについていた血はすべてA型でした。ABO型検査では、袴田さんのB型が出ましたが、2女の血液型のO型がまったく出ません。
その後に実施されたDNA型鑑定では、被害者4名のDNA型とも、袴田さんの型とも一致しないことが分かりました。このDNA型鑑定が示した結果が、再審開始決定の柱になっています。そして現在進行中の即時抗告審の争点の中核をなしているのです。
4)鉄柑色ズボンには右側すねのあたりにカギ裂きがあります。それに対応するかのように袴田さんのすねにもカギ形の打撲擦過傷が認められています。ところが、そのカギ形の打撲擦過傷ですが、8月18日の逮捕時には認められていないのです。自白を強要されてついに供述させられた9月6日に発見され、8日付身体検査調書と鑑定書に添付された写真で初めて証拠とされます。おそらく、取り調べの過程で警察官に蹴られるか何かでできた傷です。この後からできた傷に合わせてズボンのカギ裂きが作られているのです。しかも、間抜けなことにカギ形の向きが逆になっていて、照合しないのです。五点の衣類がねつ造されたものでしかないことを、自己証明する証拠というほかありません。
5)その他、五点の衣類発見直後に生家を家宅捜索し発見したズボンの端布も辻褄合わせのためにねつ造されたものと考えられます。このことは、端布を発見した元警察官が家宅捜索に行くと、すでに松本久次郎警部がいて、指示された抽出を開けたところ端布があったなどと、支援者に説明しています。白色半袖シャツとスポーツシャツについている穴、袴田さんの型の傷との位置が合わなかったり、矛盾だらけの「物証」だということが明らかにされてきました。
その他の証拠
その他、不自然な証拠(郵便局で発見された左上と右下の番号部分が焼けてしまっている紙幣、「イワオ」という名入り)、犯行時に履いていたとされる草履にルミノール反応が出ないことなど、有罪とするには合理的な疑問だらけの証拠があるのですが、ここでは省きます。