8通の特別抗告補充書
1.2018年6月に特別抗告を申し立ててから、現在(2020年8月)までの間、弁護団は8通の特別抗告理由補充書を提出しています。
2.最初に提出したのはDNA鑑定に関する補充書です。東京高裁の原決定では、本田教授がDNA鑑定に関するデータを意図的に廃棄したかのように認定し、このことを本田鑑定の信用性を否定する根拠の一つとしています。しかし、原決定の認定は事実誤認です。
原決定が問題視したことの一つはカラーチャートの存否です。DNA鑑定では検出結果がチャートに表示されます。このチャートはディスプレイ上はカラーで表示されますが、特にモノクロでも不都合はないため、本田教授はプリントアウトしたカラーチャートのモノクロコピーを裁判所に提出しました。このことは審理終盤まで特に議論にはなっていませんでしたが、東京高裁で鑑定人尋問を実施した際、突如として裁判長がモノクロコピーのもとになったカラーチャートはどうしたのかと質問してきました。本田教授はとっさのことで「多分、ないと思います」と答えました。この証言から、原決定は、本田教授はカラーチャートを廃棄したと認定し、本田鑑定の信用性を否定する根拠の一つとしました。
しかし、原決定は、モノクロコピーのチャートではどのような不都合があったのかを具体的に指摘しておらず、カラーチャートの存否が問題にする必要があるのか疑問です。また、原決定を受けて、本田教授が研究室内を捜索したところ、大量の書類を入れっぱなしにしていた箱の中にプリントアウトされたカラーチャートも残っていたことが判明し、本田供述がカラーチャートを廃棄したという原決定の認定が事実誤認であることが明らかになりました。
2018年7月23日付け特別抗告理由補充書(1)では、このような原決定の事実誤認を指摘し、本田供述がDNA鑑定に関するデータを意図的に廃棄した訳ではないことを明らかにしました。
さらに、2019年2月14日付け特別抗告理由補充書(2)では、DNA鑑定全般についての主張を補充し、本田鑑定に対する原決定の評価が根本的に誤っていることを明らかにしました。
3.2019年6月7日付け特別抗告理由補充書(3)は、5点の衣類の白半袖シャツ等の損傷と袴田巌さんの右腕上腕部の傷の関係についての書面です。
白半袖シャツ等の右腕上腕部には、小さな穴が2つ空いています。袴田巌さんは、事件当時、右腕上腕部に傷がありました。この傷は、被害者と格闘したときの傷とされており、袴田巌さんの傷と白半袖シャツ等の穴が概ね一致していることが、5点の衣類が袴田巌さんのものとであるとという認定の根拠の一つとされてきました。
静岡地裁の拘置の執行停止で袴田巌さんが釈放されてからは、支援者の方が釈放後の巌さんの身の回りの世話をしていました。支援者の方が、巌さんの身体を見たとき、巌さんの右腕上腕部に傷跡が残っていることに気づきました。そこで、巌さんの右腕上腕部の傷跡の位置を正確に測定し、白半袖シャツ等の穴と対照すると、傷跡の位置と白半袖シャツ等の2つの穴の位置が大きくずれていました。また、傷跡の方向と2つの並びが一致していませんでした。さらに、白半袖シャツでは2個の穴で各々の内側部分から血痕が染み出ていますが、巌さんの傷跡は1個しかなく、白半袖シャツに2個の血痕が生じるということは、不自然です。
こうしたことから、巌さんの傷と白半袖シャツ等の穴が概ね一致しているということはなく、5点の衣類がねつ造であるという弁護団の主張が裏付けられました。
4.2019年7月4日付け特別抗告理由書(4)は、巌さん供述の心理学的分析についての書面です。
心理学者の浜田教授は、第二次再審請求で開示された巌さんの供述調書や取調録音テープの内容を心理学的に分析し、巌さんの供述が巌さんが犯人ではないことを積極的に示しているとしています。補充書では、供述調書・取調録音テープや浜田鑑定が新証拠であることを論じています。
5.2019年7月16日付け特別抗告理由補充書(5)は、確定判決の証拠構造についての書面です。
確定判決では、5点の衣類が犯行着衣であり、巌さんのものであると認定しています。しかし、5点の衣類が犯行着衣であることを積極的に示す事情は少なく、確定判決の証拠構造が脆弱であることを補充書で論じています。
6.2019年12月10日付け特別抗告理由補充書(6)は、抗告審で新たに主張された再審事由について書面です。
静岡地裁の再審開始決定は、DNA鑑定や味噌漬け実験が新証拠であるとして再審開始を決定します。ところで、刑事訴訟法では、証拠の偽造や偽証が判明することも再審事由となっています。これまでの審理の中で裏木戸に関する捜査報告書等の証拠のねつ造等が明らかになっていることから、弁護団は即時抗告審になってから証拠の偽造等を再審事由として追加しました。これに対して、原決定は、抗告審での再審事由の追加は許されない、偽造された証拠が確定判決に影響する余地がない場合は再審開始事由に該当しない等と判示し、弁護団の主張を退けました。
原決定後に学者の方々の意見を聞いたところ、刑事訴訟法学者の白取教授から、再審制度の理念からすると抗告審での再審事由の追加は許されるべきであるし、実質的に事実認定に用いられた証拠にねつ造等があれば再審事由は認められるべきとの意見をいただき、その旨の意見書を作成していただきました。この白取意見書に基づき原決定の理論が誤りであることを補充書で論じています。
7.2020年1月22日付け特別抗告理由補充書(7)は、原決定の法令違反に関する書面です。
原決定には、①証拠となる資格がない鈴木鑑定を証拠として採用したこと、②即時抗告審においてDNA鑑定等や鑑定人尋問等の新たな証拠調べをしておきながら、弁護団の追加主張や証拠調請求は即時抗告審であることを理由に退けるというダブルスタンダードをおかしていること、及び③巌さん本人の意見聴取を行っていないこと、という法令違反があることを補充書で論じています。
8.2020年7月8日付け特別抗告理由補充書(8)は、検面調書の偽造についての書面です。
確定判決は、証拠取調請求された自白調書45通の内44通を証拠から排除しましたが、昭和41年9月9日付け検面調書は証拠として採用しました。この検面調書は、①その内容が起訴状記載の公訴事実と整合していないこと、②その内容が起訴後に作成された員面調書の内容を整合すること、及び③契印に改ざんのあとがあること等から、9月9日よりも後に作成されたものであることを補充書で論じています。
9.これまで述べた通り、特別抗告申立後も多岐に渡る論点に関して補充書を提出しており、原決定が誤りであり、巌さんが犯人ではないことは明らかにされています。弁護団は、再審事件の審理の実情に鑑み、さらなる補充書提出の準備を進めています。